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私史

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2019年

・20190109 3・11後に初ジョギング。5km。30分。冬の間は屋外を走れないためマシン使用。そこから毎日5~20kmを始め、3月には毎日20kmに安定する。4月にフルマラソン達成する。

・20190115ごろ 家中の書籍をかなり整理する。

・201912-0131 フクシマ発(現代書館)(2号)の原稿と編集に集中する(初校前)。

・20190120ごろ 未来へ 出版労連にて 短い随筆が出版される。

・201902ごろ 会津民俗研究会にて「会津の民俗」42号あたりに妻と寄稿する。 

・20190203 福島県立博物館・文化庁支援(ライフミュージアムネットワーク実行委員会)のフォーラム「語り継ぐために―ひとりの思いが未来をつくる」にて博物館関係の人達や大熊や行政の人達と講師出演する。ご取材ご掲載:福島民友新聞と福島民報新聞。ご紹介とご発言の両方、国立民族学博物館教授林勲男、立教大学都市社会学教授高木恒一、丸木美術館学芸員岡村幸宣、はじまりの美術館館長岡部兼芳、福島文化財センター白河館まほろん学芸課長本間宏、大熊町役場教育委員会喜浦遊。ご登壇、第五福竜丸展示館学芸員市田真理、やまこし復興交流館・福島県立博物館学芸員筑波匡介、大熊町教育委員会学芸員森幸彦、會空代表庄司ヤウ子。司会モデレーターの川延安直、小林めぐみ、塚本麻衣子、そして映像等々ご協力ご記録くださった赤間政昭。ご来場ご協力WELTGEIST FUKUSHIMA(ヴェルトガイスト・フクシマ)編集者伊藤千惠と総務編集者吉田博子。(※敬称略)

・20190220ごろ 福西本店で斎藤清の絵を伊藤学芸員と赤坂館長との対談を通して拝見す。2019はまだだが普段から赤坂さん達とはよく少人数で食事す。

・20190228 ハーフマラソン達成(1月9日から室内で走り始め、2月21日から屋外で5kmや7kmを走り、2月28日に一気にハーフマラソン達成)。3時間。疲れなかったが足は痛い。

・2019年も星亮一さんと連絡を取り合う。フクシマ発の編集を続ける。

・201903 中筋純の主催、「もやい展」にて、中筋純の映像作品に吉田の詩が使われる。クラウドファンディングにも協力する。

・2019年3月、栃木県那須塩原市や那須郡那須町へ旅行する。3月中旬から筋トレを復活する。
・2019年 体育学博士でドイツ人の日本学ジャーナリストであるAndreas Singler が2年ぐらい前に出版した本に吉田が掲載されていることをアンドレアスから聞く。書名は「„SAYÔNARA ATOMKRAFT – PROTESTE IN JAPAN NACH ‚FUKUSHIMA’“」。

・201903ごろ 上記ライフミュージアムネットワークのイベント「語り継ぐために―ひとりの思いが未来をつくる」が、県立博物館の発行する分厚い冊子のなかに入る。

20190409 富岡町夜ノ森や大熊町の区域内で花見をする。午後夕方ごろ風強く飲食したものがあれで体調を崩して高熱をだしてすぐ戻る。同時期に別々に中筋さんと片桐さんも体調を崩していた。だいぶ線量が下がってはいることを30カ所の計測で確認する。

・20190410 NHKのBS1スペシャル、福島タイムラプス(NHKエデュケーショナル)がニューヨーク・フェスティバルにて銀賞をとる。「ニューヨーク・フェスティバル」ドキュメンタリー:コミュニティー・ポートレート部門 銀賞受賞「FUKUSHIMA Time/Lapse」(福島タイムラプス ・国際版)国際・2017年12月30日放送

NHKエデュケーショナル/日本放送協会(※引用 1957年に発足したニューヨーク・フェスティバルには、世界50か国以上からエントリーがあり、テレビ番組以外にも、映画、ラジオ、広告、インターネットなどのあらゆるメディア表現を評価の対象とし、「特別で、革新的なコンテンツを評価する」国際的なコンクール)

・20190417 フルマラソン達成。ついに42.195km以上を走った。The marathon's official distance. I ran more than 26 miles and 385 yards today. Thank heaven and everyone! Hurray!
・20190419 平成31年(令和元年・2019年)。福島県立博物館館長講座『風土の旅学 東北編 第一回 松尾芭蕉』にて本日、館長の赤坂憲雄により「ぼくの助手です」と吉田が紹介される。松尾芭蕉の『奥の細道』(現代語訳)における「発端」のところを音読。「見事でした」と仰られる。学友の須田雅子が撮影。

20190426 中筋さんにとっても記念の深い意味の日に私の賠償が恐らく2年前から止まっていたことも発覚する。解除までまだ私の場合でも5年ある段階でストップさせていた。帰還困難区域とは思えない状態だ。しかし追い出されたままでは生産活動が出来ない。私たちの犠牲の上に東電は生産を続けている。帰還困難区域が解除される見込みが立っていない人たちも多い。一体どうなっていくのか。

20190427 「古文」「漢文」「日本語」という3つも入れて計算すると20言語を学んでいることになる。イタリア語とスペイン語を4月から追加した。1、英語 2、ドイツ語 3、現代ギリシャ語 4、古典ギリシャ語 5、ロシア語 6、現代ヘブライ語 7、(古典ヘブライ語) 8、中国語 9、韓国語 10、アラビア語 11、ペルシャ語 12、スペイン語 13、イタリア語 14、フランス語 15、古典ラテン語 16、ヒンディー語(梵字とサンスクリットは停止) 17、アイヌ語 18、古文 19、漢文 20、日本語(方言まだ) 他に追加するとしたら、古期英語や古いドイツ語やヒエログリフや楔型文字やサンスクリットなどだろう。

201904 本棚を移動したりする。

20190427 平成最後の文をfb投稿する。

201905 大熊町の農地をトラクターでうなう。随筆「相双の一人として」を書く。

20190608 自動車学校に通い始める。

20190617 同時多発いろいろ。発の件。居の件。長の件。など。くたくた。

20190620 6月は、会津若松市にて平和自動車学校に通い素晴らしい指導の数々を受け、ストレートで合格。大型特殊免許。ホイールローダー使用。

 

 

2018年

・20180107 ちょうど1年前の同日から1年間の禁酒に成功してそのまま酒をやめる

・20180128 公開 【ヨコハマトリエンナーレ2017】オラファー・エリアソン 《Green light-アーティスティック・ワークショップ》 10/9「難民?避難民?」2017年10月9日(月)「難民?避難民?」穗積武寛(AAR Japan[難民を助ける会]プログラム・マネージャー)川延安直(福島県立博物館専門学芸員)小林めぐみ(福島県立博物館主任学芸員)吉田邦吉(ヴェルガイスト・フクシマ編集長)開催日誌blog(*撮影:田中雄一郎)

 

・201801 赤坂見附を散策する

 

・20180115-0206( and - 0228) NHK BS1スペシャル プロデューサー・ディレクターの藤村奈保子撮影チーム6名吉田博子と共に、いわき出身のタイムラプサー清水大輔と会津地方にて雪深いところ活動する(20180311 PM10:00 - 100minuits video story about "311")。2月末も再び撮影する。あるところの試写段階で番組制作トップの人達から高評価を得る。

 

・201801 日々、読書しつつ、古語や12言語を学ぶ。

・201801 1月末より、朝4-5時おきの早寝早起きができるようになり、その後ずっと続ける。

・201801 掃除をしっかりするようになる。

・201802 少しずつ料理にも挑戦するようになる。

・201802 福島県立博物館にて学芸員の大里さんと塚本さんとミーティングを重ねる。

 

・201802 福島中央テレビア、ナウンサー直川貴博より私設図書館ふくしま本の森が取材を受け、そこで話す。26日に約7分間も放送される。

 

・20180225 会津民俗研究会主催「会津三十三観音を歩く」日時:2018年2月25日(日)13:30~16:00会場:福島県立博物館 講師:「会津三十三観音を巡る」吉田邦吉、吉田博子、塚本麻衣子「映像と御詠歌でつづる会津三十三観音」齋藤憲子 御礼と支援者、西会津ケーブルテレビ、福島民報新聞、福島民友新聞、サンデーあいづ、福島県立博物館、会津行政、文化庁訪問客300名超過。恩師や滝沢さんから嬉しそうな祝い連絡がくる。概要

 

・20180304(日)福島県立博物館にて「はまなかあいづ連携プロジェクト」総まとめ講演(岡部さんと赤坂さん)のときに、福島県立博物館にてアメリカ在住が長い芸術家と話す役を頂き、話す。

・20180305(月) 会津若松市にて芸術家の創作活動のためにいろいろとつないだり、巡ったり、計画したり、話し合ったりする。こういう、7年間してきたところの、ある種の育成的とも言えなくもない営みを、「創造の山野河海、福島園」と名付ける。「あの」りんご園。「あの」なし園やさい園の意味であり、畑や御厨、名馬の駆け巡る御料牧場みたいな場所としての創造的な活動地域に福島を見立てた。

 

20180311 NHK BSスペシャル

「福島タイムラプス 震災7年目の映像詩」(オンデマンド視聴可つき) に出演する。

春、夏、秋、冬の回があり、冬に出演する。

ナレーション:NHK朝ドラ「わろてんか」で主演の葵わかな

 

・2018年3月18日  NHK world premiumによって同BS1スペシャルの海外へ向けた放送が決定する。

・2018年3月15日(木)笠井賢一と赤坂憲雄の館長講座・対談を受講する。2014年春から2017年度講座の春終了とともに福島県立博物館の館長講座を4年間受けた 春からも受け続ける。

 

・2018年4月 2018年3月末から始めて翌年4月まで約1年間で合計5000kmを歩く。会津若松市中心。

 

・2018年4月24日から、SNS上で有志参加によるウェブ読書会を開催し続ける。方式は吉田が読んで内容について話すという方法による。どなたでも感想を寄せたりできる。現在「民主と愛国(小熊英二著)新曜社」を使用している。

 

2018年5月、ある憲法学者の本をいただくことになる。

 

・2018年5月15日、2017年4月8日から続けてきた「会津三十三観音巡礼(福島県初の文化庁日本遺産認定)」を全て歩きで成し遂げる。散発的に一般参加の人達、そして全回に福島県立博物館学芸員の塚本麻衣子と吉田博子とめぐる。2018年は同じ会津地方にある御蔵入三十三観音を車と散策で巡る予定。

 

・2018年5月22日、一時帰宅がてら写真家中筋純と詩人宮尾節子を大熊町の帰還困難区域とフクイチ直前まで案内する。

 

・2018年6月4日、会津民俗研究会の保全調査の一環として、日本遺産「会津三十三観音」のうち御蔵入三十三観音のページの全てのリンクが慧日寺跡に飛ぶ問題を会津若松市観光課に伝える。トップ⇒構成文化財⇒御蔵入三十三観音で、当該ページへ行ける。

 

・2018年6月8日 第34回 ATP賞グランプリ 優秀賞 福島タイムラプス  一般社団法人全日本テレビ番組製作社連盟(略称ATP、英語表記Association of All Japan TV Program Production Companies)

 

県博館長講座 2018年度は東北の作家たち

 

・201806 新しいパソコンを買う。今度は容量沢山のデスクトップなので安心。スペースを使うからいざという時の仕事には邪魔だが。ノートを買い換えるよりまし。

 

・201806 眼を守るようにもなる。

この頃、「熊川が泣いている」をある教授より「ヤクザな文体だね」と褒めていただけた。

 

・201806 会津の生き字引、古川利意にお話を伺う。奥会津書房でご執筆の菅敬浩にお話を伺う。会津民族研究会の活動として吉田博子そして福島県立博物館学芸員塚本麻衣子と行う。

 

・20180703 小笠原諸島について学ぶ。

 

・20180704 20180622-20180704 もと沖縄慰霊の日から米国独立記念日にかけて完全禁煙を達成し、辛い禁断症状もなくなったので、この期間をもって禁煙完成とする。柔軟体操や瞑想、太極拳など(東洋養生法)をよくするようになる。

 

・201808中旬ー末 ヤノベさんを守る。この頃、ある教授より「ふくよかな文」と褒めていただけたり、別の教授からは「すばらしいリサーチ」と評価いただけた。

 

・2018 いつも通り、県立博物館へ通う。

 

・2018年10月14日あたり 千葉市立美術館で1968展を観る。

・2018年10月15日 WELTGEIST FUKUSHIMA東京会議を喫茶店「らんぶる」にて行う。

・2018年10月18日 映画監督の藤井光や学芸員の皆様の講義を博物館にて受ける。

・2018年10月19日 会津ほとけの学校にて、会津若松市にて、鶴見俊輔や後藤新平などの一族にある内山章子のお話を学ぶ。

・2018年10月21日 映画「太陽の塔」とその「トーク」イベントを「フォーラム福島」で観る。(平野さんや中野さんそして赤坂さんの話を学ぶ。同日、佐藤彌右衛門さんからジュースをごちそうになったり。赤坂さんから海老天を1本ごちそうになったり。関さんと久しぶりに話せたり。新井教授と話せたり。多くの人達とお会いできた。華道家の片桐功敦さんと始めてお会いして話し込む。

・20181022 毎日新聞に「風評と風化 バランスを」という記事が大きく写真つきで雑誌編集長として掲載される。県知事選に関連している。宮崎稔樹記者が聞き手で執筆したもの。)

・20181110 アートde哲学カフェ ヤノベさん。何人かの人にご挨拶できた。帰り、やえもんさんとお食事会をした。偶然にも会津に来て、すごく良い人たちに県内外で出会えたんだなあと、またしみじみ思う。3・11は、そうなんだな、友人の言う通り、始まったばかりだ。自分はいつも通り学びを楽しむことにしよう。ありがたいことに。生きているから。 あるかたから、福島県で顔的な番組の著名なかたが福島タイムラプスは、なんと俳優の西田敏行さんが評価してくださり、よく見てくれていて、出演者の名を一人一人あげて、彼らにも賞をと言ってくださったと福島県民栄誉賞のスピーチでおっしゃったそうだ。釣りバカ日誌好きとしては仰天するほど嬉しい。

・20181111 栃木県益子町ヒジノワで廣瀬俊介さんと私のトークが今も褒められているそうだ。嬉しい。どんな点が良かったんだろう。もう一年もたつのに覚えていてくれて嬉しい。廣瀬さんのガイドが卓越していたからだろう。そう言えば昨日やえもんさんと益子焼について話をしてた。

201812初旬 フクシマ発の編集長に再任されて急遽2019を出すことになるので執筆と編集に多忙。同時にヴェルト16号も編集中。自分のヴェルト単行も執筆中と言えば執筆中。春からは出版ラッシュを予定している。

・20181210 ふくしま本の森で忘年会をして楽しかった。遠藤さんのおでん、館長のさつまいも、マスターのコーヒー、長崎さんのケーキetc. とてもおいしかった。みんなの笑顔が見られるのが嬉しい。同日、「NHK BS1スペシャル 福島タイムラプス」の再放送がまた決定した。何度目だろう。NHKの皆様や観てくださる皆様に、まことにありがたし。

20181213 福島県立博物館館長講座 赤坂憲雄さん 太宰治 アラン・ブース 妻と共に受講する。

20181214 NHK 福島タイムラプス BS1スペシャル が再放送される。

 

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1981年

1981年1月 福島県双葉郡大熊町、農家の長男として生まれる。相馬藩。古記録では名家とされている。

シミュレーションや格闘、RPGゲームばかりして過ごし、習字、珠算、水泳を途中で辞める。

運動は下手、バスケのフリースローだけは家にあったため続けた。新聞配達一年。

1991年 浪江から大熊に来ていた渡辺寿子塾(英国英語)に5年間通い英語だけは5だった。大人になったら農業をやるものだと思っていたため勉強は全般的に適当だった。

1993年 バドミントン部でレギュラー、しかし当時の先生から部活全体が腐っているとどやされる。勉強は適当にして公務員+農業になりたくなっていた。ゲームをして日々を過ごしたかったからである。

1995年 県立双葉高校に入学、卒業。遊んで過ごす。居酒屋客神で一年間ホール。バンドをその後15年ほど楽しむ。

1997年 車体転倒の自爆事故に同乗するも無傷。

1998年 スーパーカブで2回転倒。太ももにケガ。

1998年 東京あるクラブのママに華があるから華という名前をもらう。あることがきっかけでやめて田舎でバーテンと弾き語りを一年。対物事故を起こすが無傷。

1999年 佐藤一斎や脳科学の本などに出会い、その後は小高図書館に通い続ける。新聞配達と広告入れ一年。

2001年11月11日~ 実家の農業と学習塾経営(~現在)

2001年11月 国家資格宅地建物取引主任者に2か月半に満たない勉強時間で一発合格、主任者登録試験も済ます。

2002年 中央大学法学部に入学、幾度か野村修也先生や木川裕一郎先生にお世話になる。

2004年 正面衝突しそうになって車が大破、切り傷以外無傷。

2006年 2000年からこの辺りまでバンド活動を断続的に続けていた。ギターが少し弾けたので作詞作曲編曲をした。

2007年 富岡町図書館の本を数年にわたって司法試験勉強の傍らに読む。

大統領夫人と友達の栃久保先生のGES学習館で数か月学ぶ。
先生が厳しいので早く卒業したいあまりに英語をがんばって4年分を4か月で独学、卒業。

2008年 同大学卒業(学士論文:刑法「不真正不作為犯における作為義務の発生根拠」A評価)。英語オールA。

2009年 英検準2級と2級に連続一発合格。大学入学時より興味のあった哲学の分野、そしてギリシャ語と古典ラテン語に興味を持ち、気ままに勉強開始。二年間で5000時間もの英語でのコミュニケーションをウェブ上で行い世界十各国以上に友人ができる。

2010年、田植え機械に乗る。 

2011年1月10日 短編小説「精神のアセイスト、マイノリティ、マジョリティ」の三部作を書く。どこか海外へ旅行したかったため貯金していた。

 

2011年

2011年3月11日 東日本大震災

2011年3月12日 原発事故により2012年7月まで7~8回の移動・避難。この間に図書館においてあったフランス語とドイツ語に興味を持ち、気ままに勉強開始。

2011年7月4日 アロハイニシアチブプロジェクトによりハワイ州マウイ島へ避難、3ケ月ホームステイ。大変お世話になる。

2011年10月頃 西洋画が好きで画家クールベの自由さを特に気に入る。

2011年秋ごろ 中島麻美と知り合う。

2012年1月30日 福島県いわき市、一人でゴミ拾いボランティアを始める(現在87袋、100袋目標)

2012年3月 東京の有志中心のボランティアグループに協力。

2012年4月 岡映里と乗っていた車が軽くぶつけられる。

2012年4月 小説「ほのか」を書き、短編小説を書くようになる。

2012年4月 今の妻に出会う。

2012年5月 茨城県つくば市にて竜巻災害復旧ボランティア活動。

2012年5月 作家:岡映里より「復興Celebだね」と名前を戴く。

この辺り   高橋源一郎と出会う。

2012年7月4日 会津若松市に避難生活の拠点を戻す。

2013年3月 結婚

2013年4月 矢作俊彦と乗っていた高速道路でタイヤがパンクするも無事に済む。花見をする。

2013年5月12日 赤坂憲雄よりお声を頂き、一般社団法人ふくしま会議 Webmagazine ふくしまの声、ライター活動を始める(実際は3月)。

2013年9月23日 会津藩公行列中の自刃白虎隊士石田和助と初の地元福島県知事日下義雄の子孫、関昌邦より「いつもありがとね」とお言葉を頂く。

2013年10月30日 ネットで一コマエロ漫画サロン・エロプティを始める。10月の初めごろは普通の漫画を描いていたが面倒くさくて挫折、人様が物語よりも乳首に注目していたのを感じ取り、一コマになる。

2013年 ふくしまの声で5月から12月の間に記事11本発行、未発表6本を提出。

2014年1月1日 プチエロが多くの方々に受け入れて頂き「芸術先生のアイディアには脱帽です」と中島麻実にもご評価を頂き(No. 36)、笑えるエロ「わらエロ」が市民権を得始める。多くの人に気に入ってもらえたが海外の友人をそれなりになくし、寂しくなり、そのうちやめる。春川ナミオとジャン・ピエール・セイテールの絵に出会う。

 

2014
2014年4月17日、赤坂憲雄の「はじめての東北」講義を受講し始める(1年間)。
2014年4月18日、境界の町で 岡映里 リトル・モアに掲載される。
2014年4月19日、写真展 「東北-風土・人・くらし」@福島県立博物館のトークイベントを取材、
          田附勝写真集「東北」にサインもらって記念撮影
2014年5月21日、「偉人を育てた母の言葉」(著:大坪信之 致知出版)出版記念コンクール、
          100字エッセイ「私を支えた母の言葉」にて、大坪社長特別賞を頂く。

2014年5月25日、星亮一に書籍「フクシマ発」のお話を頂く。
2014年8月、フクシマ発2015と銘打ち書籍フクシマ発のシリーズ化のため星亮一より編集長に任命され奔走。
2014年9月、会津学の遠藤由美子より指南を頂く。

2014年10月11月、吉田の企画書により、フクシマ発2015現代書館の菊地社長より発行のお約束を頂けて、社長と福田慶太と妻ひろこと現代書館にて会議。編集業のため東京や福島各地を移動し多くの人達に直接お会いしてご挨拶、ミーティング、相馬行胤公にお声かけ頂きお会いする。
2014年10月、会津電力・大和川酒造社長の佐藤彌右衛門に政経東北と星亮一と一緒に学ばせて頂く。

2014年11月、西会津国際芸術村で多くの人達と知り合い、物理学者の武樋孝幸と阪下昭二郎と飲む。

2014年12月、博物館と大和川酒造にて佐々木長生の講演を聴く。

 

2015年

2015年2月、出版労連 原発問題委員会の冊子「未来へ」にてリレーエッセイを執筆。

2015年3月、放射能を過剰に怖がるな論に反論に10日で10000閲覧3700ライク550ツイートを達成。

2015年3月、フリーランスの畠山理仁に編集の方法を習う。

2015年4月11日、大熊町に写真家の岩根愛と公益帰宅。この時の写真が2~3年後マウイにて展覧会となる。

2015年4月、会津短大の井波教授と吾子非常勤講師にお招き頂きお話をする。

2015年4月、赤坂憲雄の1年間講演「司馬遼太郎の東北紀行」福島県立博物館を受講し始める。

2015年4月、市民フォーラム「原発と人間」@会津の結成総会にて半沢政人と吉田で記念対談。同フォーラムの企画委員となる。役員には自然や民俗関係、会津大名誉教授らが列席し、福島の二大新聞「福島民報新聞」「福島民友新聞」や教育委員会も協賛している。

2015年4月、短歌総合紙「うた新聞」を発行するいりの舎より原稿依頼を頂く。

2015年4月、十日間でヴェルトガイスト連載「放射能で捕まえて」シリーズを書き上げる。
2015年4月30日、仲間たちとヴェルトガイスト・フクシマ創刊号の発行。300部即売。
2015年5月7日、岩根愛と公益帰宅。

2015年5月21日、三原由起子とともに赤坂憲雄の講演を会津若松で受ける。

2015年5月末日、ヴェルトガイスト・フクシマ2号の発行。

2015年6月11,12,13日、一時帰宅ついでに中筋純と数万部の雑誌に寄稿するダークツーリズム

2015年6月13日、書家で写真家の星野藍の書道を中筋純と見学。

2015年6月18日、ヴェルトガイスト編集部、伊藤千惠編集者と、いりの舎玉の城入野と三原由起子とともに赤坂憲雄の講演を受ける。
2015年7月 ヴェルトガイスト・フクシマ3号の発行(特別企画「戦争の小窓」伊藤千恵が編集者となる)。
2015年8月~ ふくま本の森プロジェクト実行委員となり8月17日現在約19回ほど開封作業や農作業をする(赤坂憲雄と遠藤由美子発起人、会津坂下町)。
2015年8月2日、赤坂憲雄と蛭川靖弘と喜多方市にて祭りを楽しみ、飲む。
2015年8月6日、中筋純の紹介によりバイク雑誌「OutRider」の菅生雅文編集長と作家の斉藤純と飲む。
2015年8月7日、赤坂憲雄の森のはこ舟アートプロジェクト第一回にて伝統野菜とレストランが組んだ六次化の感じの映画や講演を受講する。
2015年8月131415日 市民フォーラム「原発と人間」第三回会津若松市(三日間)にて幾度か会議に出席し企画委員と雑誌の展示販売や会場の設営撤去などを行う。写真家星野藍の写真展を仲立ちする。
2015年8月18日、西会津ふるさとファンづくり協議会の研修生(メディア)となる。
2015年8月22日、栄町教会でイベントがありヴェルトを販売。
2015年8月23日、会津若松市にて保科正之公を学ぶ講演を受講、歴史春秋社社長と星亮一が対談。社長にあいさつする。
2015年8月28日、会津若松市ビストロキッチン・マギーでミニトマト豊穣祭(五十嵐利昭)に参加。 

2015年10月5日発売「フクシマ発 主幹:星亮一 編集長:吉田邦吉 企画編集:フクシマ未来戦略研究所 現代書館」。総勢約30名ほどが登場する本を編集・執筆、現代書館より発行予定。関わっている人たちは総勢45名。広告主様:大和川酒造様、奥会津書房様、イーストプレス様、光仁社様、ライトエージェンシー様、ふたば行政書士事務所様、東日本教育支援様、いりの舎様、フクシマ未来戦略研究所様、福島ホープス様、オオバ工務店様、いりの舎様。


2015年10月~11月、この間に本の森のイベント3回ほど出席。

2015年12月6日ヴェルト秋5号を発行する。
2015年12月17日 DARK tourism JAPAN Vol.2 (東邦出版)にて執筆。はじめて会津に関する文を書くことができた。中筋純にお世話いただく。

 

2016年
2016年1月27日から3月7日まで沖縄へ遊学。

2016年3月、ヨーロッパについて学ぶ

2016年4月23日、秘密の学集会を行う。

2016年5月26日-6月9日まで沖縄へ旅をする。

2016年6月14日-7月24日まで編集作業ヴェルト5冊分と筋トレ減食40日間を達成する。

 

2016年7月15日-21日まで青森県大間町に旅をする。もとニッカンゲンダイで演劇ジャーナリストの山田勝仁や朝日新聞の隈元信一や写真の清水さちこ、服部美佐子らと出会う。大MAGROCKフェスに参加し、アーサー・ビナードや中のひろのり弁護士と対談、中筋純と対談、集会でスピーチ、計3回話す。

 

2016年7月27日、秘密の学習会を会津で行う。

2016年7月28日、ふくしま本の森のみんなでラーメン峠いただく。その後スタバで恩師とお茶。

2016年8月 総合雑誌WELTGEIST FUKUSHIMA 6号~10号 同時発行

2016年8月 滝沢洋之会長らと会津民俗研究会の聞き書き活動に2ヶ月ほど勤しむ。

 

2016年7月26日-8月 郡山コミュニティ放送『KOCOラジ』(周波数79.1MHz)毎週火曜日 午後3時から放送中の日宏興産提供「こころおん」パーソナリティーちばえみ(再放送翌週水曜9時)。ネットはサイマルラジオ、スマホはリッスンラジオ、FM聴にて、3回放送。再放送入れて全合計6回放送

 

・2016年9月、こころおん出演9月20日午後3時復活。郡山コミュニティ放送『KOCOラジ』(周波数79.1MHz)毎週火曜日 午後3時から放送中の日宏興産提供「こころおん」パーソナリティーちばえみ(再放送翌週月曜)。ネットはサイマルラジオ、スマホはリッスンラジオ、FM聴にて。5回放送。再放送含め全合計16回放送

・20161120、学術誌「会津の民俗」40記念号を会津民俗研究会にて歴史春秋社から出版。柳田国男の弟子山口弥一郎初代会長そして会長滝沢洋之のもとに会員として出版。

・201610、もと東北電力鈴木清一らによる冊子「座・鬼生田 OH!NEWだ!」に、ヴェルトガイスト・フクシマの執筆者津田枝里子とともに寄稿。NPO法人原発事故災害者復興タウン鬼生田開発プロジェクト。

 ・20161006 芦ノ牧温泉に宿泊して、赤坂憲雄と対談する。

・201610月末、福島県郡山市西田町鬼生田の鬼生田プロジェクト収穫祭にてスピーチ。

・2016年11月20日、福島県立博物館にて会津民俗研究会滝沢洋之会長と長郷寅二と吉田邦吉で民俗学講演「廃村、湯の入に生きた女の半生」、午後1時半~3時半。

・20161129, 1206, 1213, 1220, 1227、5回放送。再放送含め全総計26回放送。KOCOヴェルト文学コーナー(第一回「貧しき人々」宮本百合子を開催予定により、それも包括する名前であろう「KOCOヴェルト・トークコーナー」となる)。

 

2017年

・20170107  酒のみ卒業(震災後2013-2016は年間2日も休刊日あれば良いほうだった)

・20170125  早寝早起きと手書き日記の開始、語学再開。

・201701-0307 KOCOラジ5回放送(合計17回放送、総計34回放送)。

・20170307 「流転チェルノブイリ・福島」写真展by中筋純 初日にお祝い&設置作業。多くの人達と歌人の三原由起子さんとヴェルトガイスト・フクシマの津田枝里子さんと酒井政秋さんと博子とかけつける。渋谷NHK松尾さんとKFB福島が取材してくれた。KOCOラジのちばえみさんの番組ココヴェルトトークコーナーにてちばさんと中筋さんと吉田で2週連続出演。

・20170316 散歩 開始

・20170329 KOCOラジこころおん(日宏興産提供)総計42回目まで放送予定

・201704 政争が何十年も変わらないためうんざりし始める。

・20170408(土)、会津民俗研究会にて会津三十三観音巡礼開始(福島県立博物館学芸員塚本麻衣子と吉田博子同行)

・20170419(水)、2011/03/11の7ヶ月後から5年半年間2017/04/19までほぼ毎日、少なくとも15000時間はヴァーチャルのFacebookやインターネットにいて、哲学するため、Facebookやウェブに日本語文を過剰に書き続けた。フレンド数900余、フォロワー数800余。推定総閲覧数最低50万。山盛りの思い出プライスレス。

・20170420(木)福島県立博物館館長講座「北のはやり歌」第一回受講

・20170426(水)大熊町職員の身分証を拾って本人に届けたことで旧友と話せた。双高の同じクラスだった友人が相馬焼を継承していたことを知る。

・20170429(土)青木山を守る会にて青木山の山開き登山を行い、会長の指示により頂上のご家族の撮影をして、福島民報社に提供する。

・20170502(火)会津民俗研究会にて会津三十三観音(第二回)詣り。※ほかの日程ここに記入忘れ

・20170503(水)憲法記念日 耐久年数1000年先を考え、書道日記を始める。今までのように梵字、だけでなく、くずし字も学び始める。

・20170504(木)みどりの日 内藤邸庭園にてゴミ拾いを行う。震災後から各地ではじめて総計91袋。大自然の声を聴いた。※沖縄でのゴミ拾いは日本人なら当たり前なのでカウントせず。

・20170617 栃木県益子町ヒジノワにて環境デザイナーの廣瀬俊介と対談。蓑田理香ら主催。個人的に約10日ほど益子の旅をする。ヒジノワのサイトにて対談テキスト掲載される。

・20170715辺り 平から若松に帰宅して今まで時期ばらばらで学んできた10言語の学習を同時一斉再開。

・20170720(木)ふくしま本の森にて第三回読書会 選定人:伊藤由貴 話し手:赤坂憲雄 司会:吉田邦吉

(※第一回 選定人:赤坂憲雄 対談:赤坂憲雄・吉田邦吉)(第二回 選定人:吉田邦吉 対談:赤坂憲雄・吉田邦吉)(第四回 選定人:吉田邦吉 赤坂の発案で吉田 伊藤、赤坂の三名で読書部を創設)

・20170830 ジャーナリスト前田亮一。ドイツフランクフルト大学教授のWerner Lorke。写真家の中筋純。交流。(2018年の現在はHfG Offenbach、オッフェンバッハ大学)

・201708 福島民報新聞社から取材を受ける。伊東氏。

・20171005 ふくしま本の森にて第四回読書会「みんなで選ぶ絵本たち」の司会を行う。伊藤由貴、赤坂憲雄、共演。伊藤千惠参加。ある教授よりフクシマ発の吉田随筆をすごく良い文だと褒めていただけた。

・20171009 横浜トリエンナーレプロジェクトマネージャー帆足亜紀横浜美術館学芸員片多祐子により、アイスランドの芸術家オラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)の作品を通して、難民・避難民の問題を考える。福島県立博物館専門学芸員川延安直と福島県立博物館主任学芸員小林めぐみとAAR Japan[難民を助ける会]プログラム・マネージャーである穗積武寛と4名で講師出演をして、参加者とともにワークショップを行う。詳細1詳細2.写真家の田中雄一郎と出会う。多くの人達に加えて新潟の若者や子供が関心を持ってくれたことがアンケートで分かった。(動画)

 

 

 

 

 ・寄付活動と奉仕活動

 震災後は特に無理ない範囲で海外や国内いろいろ直接間接に寄付してきて前はボランティア活動とともに掲載していたが、今は非表示にしている。できるだけ世界における命が助かると良いと思う。